問1
の行列式 を求めなさい。
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()
目次 / 行列と一次変換 / 旧数学C(課程外)
—— かけると単位行列になる相手と、それが存在するかを一目で見分ける量 ——
行列には割り算を定めません。そのかわりに、数の逆数にあたる**逆行列**を用意します。$AB = BA = E$ となる相手 $B$ のことで、これがあれば行列の方程式 $AX = B$ を一気に解けます。ただし逆数と違い、零行列でなくても逆行列を持たない行列があります。持つか持たないかを見分けるのが $ad - bc$ という量、**行列式**です。ベクトルや図形と方程式の分野で $D$ という記号で顔を出していたあの量が、ここで正体を現します。
数の世界では、 を「両辺を で割って 」と解きました。もう少していねいに言えば、両辺に をかけたのです。 は、 にかけると になる数でした。
行列では割り算を定めません。 という書き方もしません。積が なのですから、左から割るのか右から割るのかが決まらず、記号として意味をなさないのです。そのかわりに、逆数にあたるものを用意します。かけると単位行列 になる相手です。
2 次の正方行列 に対して
を満たす 2 次の正方行列 が存在するとき、 を の逆行列といい、 と書く(「 インバース」と読む)。
逆行列を持つ行列を正則な行列という。 や という書き方はしない。
第 1 章で を「加法の逆元」と呼びました。あれは足すと零行列 になる相手で、どんな行列にも必ずありました。今度の逆行列はかけると単位行列 になる相手です。名前は似ていますが別物で、しかもこちらは存在しないことがあります。
行列は点を動かす操作でもありました(第 2 章 公式3)。その見方でいうと、逆行列は動かした点をもとの位置に引き戻す操作です。 で動かしてから で戻せば、点は最初の場所に帰ってくる。 とは「行って、帰ってきたら、何もしていないのと同じ」という式なのです。
逆行列とは、かけると単位行列になる相手のことで、数の逆数にあたる「もとに戻す」役目を持つということです。
とする。 を満たす 2 次の正方行列 を求め、それが も満たすことを確かめなさい。
【解答】
とおいて左辺を計算します。
第 1 列を比べると ,。後者から で、前者に入れると 、すなわち ,。
第 2 列を比べると ,。後者から で、前者に入れると 、すなわち ,。
も計算しておきます。
たしかに になりました。よって です。
毎回この連立を解くのは大変です。次の節で、一発で書き下せる公式を作ります。
例題1 の計算を、数字ではなく文字のままやってみます。 に対して、 と を入れかえ、 と の符号を変えた行列
を用意し、 にかけてみましょう。
対角線以外がきれいに消えて、 という形が現れました。 も同じ結果になります。つまり
あと一歩です。 が でなければ、両辺をこの数で割って(行列の実数倍ですから、これはできます)
こそが です。
に対して
を の行列式といい、 とも書く。
のとき は逆行列を持ち
作り方は 3 手です。たすきにかけて引いた を出す、 と を入れかえ、 と の符号を変える、 で割る。 と は入れかえ、 と はその場で符号だけ、という非対称なところが覚えにくいので、作ったら を暗算で確かめる癖をつけると安心です。
この という量、実は初めてではありません。ベクトルの第 2 章では、, が平行になる条件として が出てきました。図形と方程式の第 3 章でも、2 直線が平行かどうかの判定に同じ形の が現れています。どちらも「大学で行列式と呼ばれる量」と予告だけしてありました。それがこれです。成分を縦に並べて という行列を作れば、 はその行列式にほかなりません。
を行列式といい、これが でなければ、 と を入れかえて , の符号を変え で割るだけで逆行列が書けるということです。
次の行列の逆行列を求めなさい。
(1) (2)
【解答】
(1) です。 でないので逆行列があります。
(2) です。
分数が出るときは の形のまま答えてもかまいません。むしろその形のほうが、あとで別の行列とかけるときに計算が楽です。
検算すると です。
数では、逆数を持たないのは ただ 1 つでした。行列では事情が違います。 の行列は、零行列でなくても逆行列を持ちません。
なぜかを見ておきます。 のとき、先ほどの について でした。ここで に逆行列があったとしましょう。 の両辺に左から をかけると
ということは 、つまり です。しかし零行列は ですから逆行列を持ちません。どちらに転んでも矛盾します。
のとき、 は逆行列を持たない。このような行列を正則でない行列という。
また かつ のとき、 となる が存在する( がその一例)。
第 2 章の実践問題 j10 で、 のように「第 2 行が第 1 行の定数倍」になった行列どうしの積が零行列になりました。そこで「見分ける量は第 3 章の 」と書いたのが、この公式3 です。第 2 行が第 1 行の 倍なら , で、。零因子になれるのは、ちょうど の行列だったのです。
の行列が何をしているのかも、点を動かす操作として見ると腑に落ちます。たとえば で点 を動かすと、行き先は 。どんな点から出発しても、行き先は必ず という 1 本の直線の上に乗ります。平面全体が直線につぶれてしまうのです。
立体に光を当てて壁に映した影を思い浮かべてください。影を見ても、もとの立体の形は復元できません。厚みの情報が消えてしまったからです。 の行列も同じで、平面を直線につぶす(あるいは 1 点につぶす)ため、行き先から出発点をたどれない。だから「もとに戻す操作」である逆行列が存在しないわけです。
逆行列を持つかどうかは で決まり、 の行列は平面をつぶしてしまうのでもとに戻せないということです。
(1) 次の 3 つの行列のうち、逆行列を持つものを選びなさい。
(2) が逆行列を持たないとき、実数 の値を求めなさい。
【解答】
(1) それぞれ行列式を計算します。
は成分に が 1 つもないのに逆行列を持たず、 は が 2 つあるのに持ちます。 の個数ではなく で決まる、ということです。
(2) 逆行列を持たないのは のときです。
逆にいえば、 かつ のとき は正則です。
逆行列どうしの関係を整理しておきます。ここでも「操作をもとに戻す」という見方が道案内になります。
, を正則な 2 次の正方行列、 を でない実数とする。
また ( は正の整数)と定める。
注意すべきは です。 ではありません。確かめるのは簡単で、
順番を入れかえてはいけない理由は、第 2 章の靴下と靴の話に戻るとよくわかります。靴下をはいてから靴をはいたのなら、脱ぐときは靴が先で靴下が後です。「 してから する」を取り消すには、「 を取り消してから を取り消す」。後にやったことから順にほどいていくわけで、順番が逆になるのはごく自然なのです。
積の逆行列は と順番が入れかわる、つまり後にかけたほうから先にほどくということです。
, とする。 を求め、それが と一致し、 とは一致しないことを確かめなさい。
【解答】
まず を計算します。
行列式は なので
一方、(例題2)、 は より です。
と一致しました。順番を逆にすると
まったく別の行列です。
行列式には、逆行列の存在を見分ける以外の顔もあります。積との相性がとてもよいのです。
2 次の正方行列 , と実数 、正の整数 について
が正則のとき
は成分で計算すれば確かめられます(厳密定義のページで示します)。積では と順番にうるさかったのに、行列式にしてしまえばただの数のかけ算になり、 さえ成り立つ。行列の複雑さを つの数に集約したときの、気持ちのよい性質です。
この式からすぐ言えることがあります。 が正則 ⟺ かつ 。つまり正則な行列どうしの積は必ず正則で、逆に片方でもつぶれていれば積もつぶれます。影の例えでいえば、一度つぶれたものは後から何をかけても復元できない、ということです。
で が 2 乗になるのは、 が 4 つの成分すべてを 倍しているためです。 は 2 つの成分の積でできているので、 が 2 回効きます。
行列式は積をそのままかけ算に変える量で、正則な行列どうしの積は必ず正則だということです。
とする。 と を求め、 を確かめなさい。
【解答】
なので
次に 。行列式は (たしかに です)。
一方
一致しました。 は公式4 の順番の入れかえがあっても同じ行列どうしなので、結果として素直な形になります。
いよいよ逆行列のご利益です。第 2 章では を、成分を文字でおいて連立方程式を 2 組解きました。逆行列があれば、かけるだけで終わります。
が正則であるとき
をどちら側からかけるかで答えが変わる。 に接している側からかける、と覚える。
なぜ側を選ぶのかは、式を見れば明らかです。 で右から をかけても となり、 は取り出せません。 にくっついている を消したいのですから、 と同じ側、つまり左からかけるしかないのです。
行列の方程式は逆行列をかけて解けますが、左からか右からかを間違えると答えが変わるということです。
次の方程式を満たす 2 次の正方行列 を求めなさい。
(1) (2)
【解答】
(1) の行列式は なので
に接しているのは左側なので、左から をかけます。
第 2 章の j15 と同じ問題です。あちらは未知数 4 つの連立を解きましたが、こちらは逆行列を作ってかけるだけで済みました。
(2) の行列式は で、。今度は の右側に があるので、右からかけます。
うっかり左からかけて としてしまうと、まったく違う行列になります。
第 2 章の j16 では、 なのに かつ という例を見ました。数なら両辺を で割って と言えたのに、行列ではそれが通らなかったわけです。いま、その境目がはっきり引けます。
が正則であるとき
が正則でないときは成り立たない。とくに から を導けるのも、 が正則なときだけである。
証明は 1 行です。 の両辺に左から をかければ 。逆に が正則でなければ が存在しないので、この手が使えません。
「 だから割ってよい」ではなく、「 が正則だから割ってよい」。数の世界の にあたる条件は、行列では ではなく なのです。この読みかえは、これから先ずっと効いてきます。
行列の式で両辺を約してよいのは、その行列が正則なときだけだということです。
, を 2 次の正方行列とする。
(1) のとき、 ならば であることを示しなさい。
(2) のときは (1) が成り立たないことを、例をあげて示しなさい。
【解答】
(1) なので は正則で、 が存在します。 の両辺に左から をかけると
よって です。(結合法則を使ってかっこを付けかえている点に注意します。)
(2) で、 は正則ではありません。実際
とすると ですが、 です。
のように の行列は平面をつぶしてしまうので、行き先が同じでも出発点が同じとは限りません。約せない理由は、ここにあります。
次の章では、この逆行列を連立一次方程式にぶつけます。 は と 1 本の式に書け、 なら で解が一発で出ます。では のときはどうなるのか。解が無いのか、無数にあるのか。それが 2 直線の位置関係と、ぴたりと対応します。
まずは公式をそのまま使う、ごく簡単な問題で確認しましょう。
問1
の行列式 を求めなさい。
()
問2
の逆行列を求めなさい。
()
問3
が逆行列を持つかどうかを、行列式を計算して確かめなさい。
なので
問4
が正則であるとき、 を について解いた式を求めなさい。
(左から をかける。 ではない)
問5
, がともに正則であるとき、 を と を使って表しなさい。
(順番が入れかわる)
難易度マークは ★=基礎、★★=標準、★★★=入試レベルです。★から順に取り組みましょう。
問1 ★
次の 2 つの行列 (1) 、(2) について、それぞれの逆行列を求めなさい。
(1) (2)
公式2 のとおり、 を出し、 と を入れかえ、 と の符号を変えて で割ります。
(1)
(2)
検算します。 です。分数が出るときは を外にくくったままにしておくと、計算も検算も楽になります。
問2 ★
次の 4 つの行列
のうち、逆行列を持つものをすべて求めなさい。
と
それぞれ を計算します。
のものが逆行列を持つので
と はどちらも「第 2 行が第 1 行の定数倍」になっています( は 倍、 は 倍)。この形は必ず です。逆に は成分に が 2 つありますが、 なので正則です。 の個数は関係ありません。
問3 ★
を満たす 2 次の正方行列 を求めなさい。
の行列式は なので
は の右側にあるので、両辺に左から をかけます。
検算すると となり、たしかに右辺に戻ります。
問4 ★
を満たす 2 次の正方行列 を求めなさい。
の行列式は です。
今度は の右側に があるので、両辺に右から をかけます。
もし左からかけてしまうと という別の行列になり、もとの式を満たしません。 に接している側からかける、と覚えます。
問5 ★
が逆行列を持たないような実数 の値を求めなさい。
逆行列を持たないのは のときです。
のとき で、第 2 行は第 1 行の 2 倍。 のとき で、第 2 行は第 1 行の 倍です。どちらも 2 つの行が平行になっています。
問6 ★
とする。 をかけると点 に移るような点を求めなさい。
点
求める点を とすると
なので 。左から をかけて
検算すると 。 は「行き先から出発点をたどる」道具だということが、この計算でよくわかります。
問7 ★
, について ,, を求め、 が成り立つことを確かめなさい。
,,
積を計算します。
と一致しました。ついでに の行列式も です。 なのに行列式は同じ。積を数にしてしまえば順番は関係なくなる、というのが の便利なところです。
問8 ★
の逆行列を、公式を使わず を成分について解いて求めなさい。
とおいて を計算します。
第 1 列から ,。上の式を 3 倍、下の式を 2 倍して引くと 、すなわち ,。
第 2 列から ,。同じように引くと 、すなわち ,。
公式で確かめると で 。同じものが出ました。公式2 は、この連立を文字のまま解いた結果にほかなりません。
問9 ★★
, とする。 と をそれぞれ求め、一致することを確かめなさい。
どちらも
まず積を求めます。
なので
一方、, より
一致しました。ちなみに で、まったく別の行列です。 という行列式の性質も、ここで確かめられています。
問10 ★★
,, とする。 を満たす 2 次の正方行列 を求めなさい。
の左に 、右に がついています。左からは 、右からは をかけて、両側からはがします。
, より
左から順に計算します。
検算します。、これに をかけると です。なお の 3 つの積は、結合法則があるのでどこから計算してもかまいませんが、並び順は変えられません。
問11 ★★
, とする。 と をそれぞれ求め、一致しないことを確かめなさい。
、 で一致しない
で、その行列式は です。
一方、, より
の成分は ,,, ですから、まったく別物です。
数でも でしたから、当然といえば当然です。逆行列について成り立つのは積の形(公式4)だけで、和の形については何も言えません。それどころか、, がともに正則でも が正則とは限りません( とすれば です)。
問12 ★★
とする。 となる零行列でない 2 次の正方行列 を 1 つ求めなさい。
(ほかにもある)
です。この場合、公式3 のとおり が使えます。
実際に確かめます。
の 2 つの列はどちらも の定数倍になっています。 による の像が なので、その定数倍の像もすべて原点です。だから積が零行列になります。
ついでに言うと、この の存在は が逆行列を持たないことの証明にもなっています。もし があれば、 の両辺に左から をかけて となり、 に反するからです。
問13 ★★
とする。 を求めなさい。
です(公式4)。どちらから計算しても同じなので、ここでは を先に作ります。
なので 。行列式を計算し直さなくても だとわかります。
から計算しても同じです。 を 3 回かけると、やはり になります。
問14 ★★
2 次の正方行列 , が , を満たすとする。(1) 、(2) 、(3) 、(4) の値を、それぞれ求めなさい。
(1) (2) (3) (4)
公式5 を順に使います。
(1) で ですから
成分を 2 倍すると行列式は 4 倍になります。 倍ではありません。
(2)
(3) の両辺の行列式をとると 。よって
(4) 積の行列式は、ふつうの数のかけ算になります。
と が打ち消し合い、 だけが残りました。 という形(第 5 章で出てきます)は、行列としては と別物ですが、行列式は と同じままだということです。
問15 ★★
,, とする。 を満たす 2 次の正方行列 を求めなさい。
まず を移項します。行列の和・差は数と同じように扱えるので、これは問題なくできます。
なので 。左からかけて
検算します。、これに を足すと です。
問16 ★★
2 次の正方行列 が
を満たすとき、 を求めなさい。
2 つの式は、列ベクトルを横に並べることで 1 本にまとめられます(第 2 章 j06)。
左辺の を とおくと なので
の右側に があるので、右から をかけます。
検算すると 、 です。
2 つの点の行き先さえわかれば、行列がただ 1 つに決まりました。ただし が正則、つまり 2 つの出発点が同じ直線上に無いことが必要です。この考え方は第 6 章の一次変換で本格的に使います。
問17 ★★★
2 次の正方行列 が かつ を満たすとき、 は逆行列を持たないことを示しなさい。また、そのような の例を 1 つ求めなさい。
逆行列を持つと仮定すると となり矛盾する。例:(ほかにもある)
証明 が逆行列 を持つと仮定します。 の両辺に左から をかけると
これは に反します。よって は逆行列を持ちません。(証明終)
例 とすると
で、 です。実際 となり、逆行列を持ちません。
数で を解くと または の 2 つだけでした。行列では と のほかにも解があり、しかもそれらはすべて の行列です( 以外に の解が無いことは、上の証明が示しています)。
問18 ★★★
2 次の正方行列 , が を満たすならば、 も成り立つことを示しなさい。
から が言え、 が存在するので となる
証明 の両辺の行列式をとります。公式5 より
積が なのですから です。よって は正則で、 が存在します。
の両辺に左から をかけると
したがって
(証明終)
逆行列の定義(公式1)では と両側を要求していました。この問題は、2 次の正方行列では片側だけ確かめれば十分だと言っています。例題1 でわざわざ も検算しましたが、 が言えた時点で自動的に成り立っていたわけです。
当たり前に見えるかもしれませんが、これは正方行列だからこその性質です。型が違う行列では でも が起こります。たとえば , では は 2 次の単位行列ですが、 は 3 次の正方行列で、単位行列にはなりません。
問19 ★★★
一次分数関数 に行列 を対応させると、合成には行列の積が対応した(第 2 章 j17)。 について、逆関数 を求め、それに対応する行列が と同じ関数を表すことを示しなさい。
。 が表す は、分母分子を 倍すると に一致する
逆関数を求める。 を について解きます。分母を払って
と を入れかえて
行列のほうを見る。 の行列式は なので
この行列に対応する一次分数関数は です。分母と分子を 倍すると
たしかに同じ関数になりました。(証明終)
ここで気づいてほしいのは、 と ()が同じ関数を表すということです。分母分子を同じ数倍しても関数は変わらないからで、だから「行列が一致する」ではなく「同じ関数を表す」という言い方をしました。
合成に積、逆関数に逆行列が対応する。さらに第 2 章の j17 で見たように、合成した関数の はもとの 2 つの の積になります。これは そのものです。 が逆関数を持つ条件 は、 が正則である条件と同じだったのです。
問20 ★★★
2 次の正方行列 , はともに正則で、 を満たすとする。このとき (1) 、(2) が成り立つことを、それぞれ示しなさい。
(1) の両辺に左右から をかける (2) を書き下す
(1) の証明 の両辺に、左から 、右から をかけます。
左辺は 、右辺は です。よって
(証明終)
(2) の証明 の両辺の逆行列をとります。左辺は公式4 より 、右辺は 。等しい行列の逆行列は等しいので
(証明終)
(1) は「 と交換できる相手は、 とも交換できる」ということです。 を取り消す操作が、 とぶつからずにすり抜けられる、と読むとよいでしょう。
実例で見ておきます。, はどちらの順でかけても で交換可能です。 を使うと
となり、(1) が成り立っています。こうした「交換可能な相手どうしなら数と同じように扱える」場面は、第 5 章で を求めるときに何度も出てきます。
は、なぜ行列式と呼ばれるのでしょうか。英語では determinant、「決定するもの」という意味の言葉です。何を決定するのか。解があるかどうかを決定するのです。
順番としては、行列より行列式のほうが先に生まれています。連立一次方程式を文字のまま解こうとすると、分母にきまって の形が現れる。この量が かどうかで方程式の運命が決まると、17 世紀の数学者たちは気づいていました。行列という「数の表」を道具として切り出したのは、それから 150 年以上あとのケイリーたちです。
しかも最初に到達したのはヨーロッパではありませんでした。1683 年、和算家の関孝和が『解伏題之法』の中で、連立方程式から未知数を消していく手続きを論じ、いまの行列式にあたる式を書いています。ライプニッツが同じものを手紙に記したのは 1693 年、10 年後のことでした(互いにまったく交流はありません)。江戸時代の日本で、算木を並べながら同じ構造にたどり着いていたわけです。
豆知識
determinant という語を現在の意味で定着させたのはコーシー(1812 年)です。縦棒 2 本で囲む という書き方はケイリーによるもの。便利な記法ですが、絶対値と紛らわしいのが難点で、この教材では と だけを使います。 は負の値もとりますから、 と書いてあるのを見て「 以上だ」と早合点しないように。
という式は、どこか唐突に見えます。ところがこの量には、はっきりした図形の意味があります。
行列 の 2 つの列を、それぞれ列ベクトル , と見ます。この 2 本を 2 辺とする平行四辺形の面積が、ちょうど になるのです。
そう思って を眺め直すと、意味がはっきりします。面積が ということは、平行四辺形がぺしゃんこにつぶれている、つまり 2 本のベクトルが同じ直線の上に乗っているということ。ベクトルの第 2 章で「 は 2 つのベクトルが平行」と学んだのと同じ話です。そして本文で見たとおり、そういう行列は平面全体を直線につぶしてしまい、逆行列を持ちません。面積が消えることともとに戻せないことが、同じ 1 つの条件で言い表されているわけです。
では絶対値を外した そのもの、とくにその符号は何を表すのか。答えは向きです。 なら 2 本のベクトルの回り方はもとのまま、 なら裏返っています。鏡に映すと右手が左手に見えるあの反転を、符号 1 つで記録しているのです。
第 9 章では、この面積が主役になります。行列で図形を動かすと、面積は 倍になる。 の行列が図形をつぶすのは、 倍しているからだ、という見方ができるようになります。
1929 年、アメリカの数学者レスター・ヒルが、行列を使った暗号を発表しました。ヒル暗号と呼ばれます。
やり方は素朴です。A を 、B を 、…、Z を と数に置きかえ、2 文字ずつ組にして列ベクトルにします。そこへ秘密の鍵である行列をかけ、 で割った余りに直す。たとえば鍵を とし、HI( と )を暗号にしてみましょう。
は T、 は C ですから、HI は TC に化けます。もとの文字が同じでも、組む相手が変われば別の文字になる。1 文字ずつずらす古い暗号より、ずっと破りにくくなりました。
受け取った側は、どうやって戻すのか。逆行列をかけるのです。ここで行列式が効いてきます。この鍵は 。余りの世界では「 で割る」かわりに「 をかけると になる数」を探すので、 が と互いに素でなければなりません( と は互いに素なので大丈夫です)。もし が だったり や の倍数だったりすれば、受け取った本人さえ復号できない鍵になってしまいます。
「逆行列を持つかどうか」は、机上の分類ではなく、鍵として使えるかどうかの死活問題だったのです。ヒル暗号そのものは、文章の一部と暗号文が対になって漏れると鍵が求まってしまうため、実用では長く使われませんでした。とはいえ、行列を暗号に持ちこんだ最初の試みであり、いまも暗号の教科書の最初のほうに必ず出てきます。
※ここは発展ページです。高校の範囲では「 なら公式で逆行列が書ける」と使えれば十分ですが、逆行列がただ 1 つしかないのはなぜか、 という条件が何を言い表しているのか、 はどう証明するのかが気になる人のために、少し厳密な形でまとめておきます。
に対して
を満たす が存在するとき、 は正則であるといい、 を の逆行列という。
第 2 章 定義2 で、 は単位元 を持つ環だと述べました。環の言葉でいえば、正則な行列とは積についての逆元を持つ要素(単元)のことです。定義がこう書ける以上、まず確かめるべきは「逆行列はいくつあるのか」です。
が正則であるとき、その逆行列はただ 1 つである。
証明 , がともに の逆行列であるとする。すなわち
このとき
よって である。(証明終)
証明で使ったのは、単位元の性質と結合法則だけです。成分も行列式も出てきません。つまりこの一意性は「環に単位元と結合法則がある」ことだけから従う、きわめて一般的な事実です。だからこそ という記号(「その」逆行列を指す書き方)が許されます。
次に、本文の核心だった条件 を、いくつかの言いかえとまとめて述べます。
について、次の 4 つは互いに同値である。
証明 とおくと、直接の計算により が成り立つ。
: ならば が を満たす。
: の両辺に左から をかけて 。
:対偶を示す。 とする。 なら は明らかに零因子( を満たす がある)。 なら であり、 だから は零因子である。
:ベクトルの第2章 定理3 より、2 つのベクトルが 1 次独立であることと は同値である。(証明終)
4 番目の言いかえが、幾何的な意味を与えてくれます。ベクトルの第 2 章では、 を「2 本のものさしで平面全体を測れる」ことだと説明しました。 の 2 つの列は、点 と の行き先にほかなりません(成分を書き下せばすぐわかります)。その 2 本が 1 次独立なら、行き先の全体は平面いっぱいに広がり、もとに戻る道もただ 1 つ定まる。1 次従属なら、行き先は 1 本の直線(または原点)に押しつぶされ、戻る道が定まらない。これが「正則/正則でない」の正体です。
2 次の正方行列 , について
証明 , とすると
であるから
前半を展開すると 、後半を展開すると である。 と 、 と はそれぞれ等しく打ち消し合うので
すなわち である。(証明終)
打ち消し合う 2 組があるおかげで、ぴたりと因数分解できました。 次でも同じ定理が成り立ちますが、証明はこの力任せの計算では追いつかず、行列式を「各行から 1 つずつ成分を選んで符号をつけて足す」という形で定義し直すところから始めます(大学の線形代数)。
いろいろな関数の第 6 章で、一次分数関数 と の合成を計算したとき、係数に という積が現れました。あれは、いまの定理3 が関数の言葉で顔を出していたものです。実践問題 j19 で見たとおり、合成に積、逆関数に逆行列が対応していたのですから、当然の一致といえます。
さて、正則な行列だけを集めると、環よりも見通しのよい構造が現れます。
集合 に積が定まっていて、次を満たすとき を群という。
次の正則な実行列全体を と書き、一般線型群という。
が群になることは、これまでの結果からすぐに従います。積について閉じていること(正則どうしの積は正則)は定理3 から、結合法則は第 2 章 定理1 から、単位元は 、逆元の存在は定義そのものです。 では ですから、これは可換でない群の代表例ということになります。
行列全体 は環でしたが、積について群にはなれません。 に逆元が無いからです。数の世界でも同じ事情があり、 から を除いた は積について群になります。「 を除く」と「正則でないものを除く」が対応しているわけです。
第 2 章の終わりに、逆元がすべてにある可換環を体と呼ぶと書きました。 は可換でもなく、 以外にも逆元を持たない要素があるので、体からは二重に遠い。ところが、その中に体がひそんでいます。
は和と積について閉じており、可換で、 以外のすべての要素が逆行列を持つ。すなわち は体であり、複素数体 と同型である。
証明 和について閉じていることは成分を足すだけでわかる。積は
となり、ふたたび の形である。この式は右辺の順序を入れかえても同じなので可換である。
行列式は であり、 ならば だから正則で、逆行列
もまた に属する。よって は体である。
対応 は 1 対 1 であり、上の積の計算は と完全に一致する。和についても明らかに一致するので、この対応は同型である。(証明終)
複素数の積 という、覚えるのに少し骨が折れる規則が、行列の積の中にそのまま埋まっていました。 にあたるのは で、この 2 乗はたしかに です。第 2 章の j13 で という周期を持っていた行列の符号違いで、複素数と曲線の第 2 章で「複素数の積は回転と拡大」と紹介した話ともつながります。 が複素数の絶対値の 2 乗になっているのも見逃せません。このあたりは第 7 章(回転の行列)で改めて取り上げます。
最後に、 次への一般化を一言だけ。本文の は余因子行列と呼ばれるものの 2 次の場合で、一般には
が成り立ちます。 なら という形も同じです。ただし が大きいと余因子の計算量が爆発するため、実際の計算では掃き出し法(行基本変形で を に変えていき、同じ操作を に施す)を使います。連立一次方程式の解法と逆行列の計算が同じ手続きになる、というのが線形代数の見どころの 1 つで、その入口を次の第 4 章でのぞきます。
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